【言ってはいけない】子育てや教育は子どもの成長に関係ない【橘玲】

オススメの本

「言ってはいけない」

著者は橘玲さん

 

 

 

テレビや新聞、雑誌には耳触りのいい言葉があふれている。
しかし世界は本来、残酷で理不尽なものだ。
専門家なら常識としてだれでも知っていることを、日本ではなぜか一般に説く人がほとんどいないし、いたとしても黙殺されてしまう。
なぜならそれは、良識を踏みにじり、感情を逆なでする、ものすごく不愉快なものであるからだ。
だが、「言ってはいけない」とされている残酷すぎる真実こそが、世の中のために必要である。
この本を最後まで読めば、そのことがわかってもらえるだろう。

まえがきでこのように述べられている本書「言ってはいけない」。
その中の第3章が「子育てや教育は子どもの成長に関係ない」です。

非常に興味深い内容ですが、読んでみると素人にはなかなか話が難しい…。
何度も読み返して、自分なりにわかりやすくまとめてみました。

 

《この記事を読んでわかること》

  • 「どうして子どもがいうことをきかないのか?」その疑問が解決します。
  • 無理強いせず、子どもの意思を尊重することの重要性がわかります。
  • よい友達関係を築かせてあげることの大切さがわかります。
  • 子どもは親の想い通りにならないということが、スッキリ腑に落ちるようになります。

 

以降、本書より要点抜粋です。

 

子どもの人格や才能の形成に子育ては関係ない

子育てによって、親が望むような性格にしたり、有用と考える能力を持つように育てることはできない。

それを確かめるための一卵性双生児の研究がある。

一卵性双生児は完全に同一の遺伝子を共有している。

ならば彼ら・彼女らがどれだけ似ているかを調べることで、遺伝と環境の影響を測ることができるはずだというものである。

 

別の家庭で育っても双子は瓜二つ

同じ子どもは二人いらないという理由で、一卵性双生児のどちらかが養子に出される習慣がある国や地域がある。

この場合、同一の遺伝子を共有する子どもが完全に異なる環境で育つことになる。

一卵性双生児がそっくりだとしても、それだけでは似ている理由が遺伝なのか、同じ家庭で同じように育てられたためなのかはわからない。

だが、一方が養子に出されたのなら、環境を共有していないのだから、類似性はすべて遺伝によるのもだ。

外向性や調和性、神経症傾向などさまざまな一卵性双生児のパーソナリティの特徴を、一緒に育てられた場合と、別々に育てられた場合で比較した研究がある。

その結果、育った家庭にかかわらず、一卵性双生児は同じくらいよく似ていた

 

こころは遺伝の影響が極めて大きい

一卵性双生児の一人を文化や宗教、しつけの方法がまったく異なる外国に養子に出したとしよう。

だが二人の知能や性格、精神疾患などの「こころ」は同じ過程で育った一卵性双生児と同じようによく似ている。

この事実が示すのは、「こころ」における遺伝の影響が極めて大きいということだ。

しかしここには残酷すぎる真実が隠されている。
それは、子どもの人格や能力、才能の形成に子育てはほとんど関係ないということ。

別々に育っても一卵性双生児は瓜二つなのだから、双生児研究において、家庭が及ぼす影響度がほどんど見いだせない。

家庭が子どもの性格や社会的態度、性役割に与える影響は皆無。

学習能力はもちろんとして、男らしく、女らしくしなさいというしつけの基本ですら、親は子どもの人格形成になんの影響も与えられない。

 

双子は別々の家庭で育っても瓜二つ。
一卵性双生児の研究において、家庭が及ぼす影響度はほとんど見いだせない。

 

 

赤ちゃんが持って生まれる生存戦略プログラム

子育ての大切さが強調されるようになったのは、核家族化が進み、教育が将来の成功を左右するようになった近代以降。

それ以前の子どもたちは大家族で育ち、親は教育のことなど気にかけていなかった。

 

無力な乳児期が長い人間の赤ちゃん

赤ちゃんの遺伝子プログラムは、核家族で育ち、幼稚園・保育園で幼児教育を受け、小中高から大学まで勉強し続けるようにつくられているわけではない。

ヒトが他の哺乳類と大きく異なるのは、無力な乳児期がきわめて長いこと。
生後少なくとも1年間は、母親が集中的に養育し、授乳しないと死んでしまう。

赤ちゃんはそのような環境を生き延びるための戦略プログラムを持って生まれてくる。

乳幼児の死亡率が極めて高かった頃は、一人から二人の子どもにすべての子育て資源を投入する核家族型の戦略はあり得なかった。

日本でも戦前までは、兄弟姉妹が10人近くいるのが珍しくなかった。

母親は新しく生まれた赤ちゃんに手がかかるから、授乳を終えた子どもを以前と同じように世話することができない

ならば授乳期を終えた子どもは、親の世話がなくても生きていけるようにあらかじめプログラムされているはずである。

 

親に代わって世話をするのは年上の子ども

もちろん乳児期を終えたばかりの子どもが自分ひとりで生きていけるはずがない。

親が新しく生まれた弟妹の世話をしなければならないのなら、だれかがそれを補わなければならないが、それができるのは兄弟か年上のいとこたちしかいない。

女の子が人形遊びを好むのは世界のどこでも同じ。
女の子は幼い弟妹の世話を楽しいと感じるのだ。

これに対応するプログラムは、世話をされる側にも組み込まれている。
幼い子どもは親以外の大人を怖がるものの、年上の子どもにはすぐになつく

年上の子が親に代わって自分の世話をしてくれることを、子どもは知っているのだ。

 

授乳期が終わったら年上の子どもに世話をしてもらう。
これが人間の赤ちゃんが、生き延びるために持って生まれる戦略プログラムである。

 

 

子どもにとって世界とは友達関係のこと

乳児期を終えれば母親からは離れなければならない。

子どもにとって死活的に重要なのは、親ではなく自分の面倒をみてくれるはずの、年上の子どものたちとのコミュニケーションだ。

 

移民の子どもは移住先の言葉を話す

アメリカへの移民の子どもたちはみな、流ちょうに英語を話す。

ほとんどの場合、両親の言葉と子どもたちの言葉は同一だから問題は起きないが、移民のような特殊な環境では家庭の内と外で言葉が異なるという事態が生じる。

そのとき移民の子どもは、なんの躊躇もなく、生き延びるために親の言葉を捨てて子ども集団の言葉を選択する。

 

思春期までは友達グループの世界がすべて

年齢や性別、人種などの異なる幼児をひとつの部屋に集めると、彼らはすぐに仲良くなって遊び始める。

だが子どもの人数を増やしていくと、そこに自然とグループができている。
子どもたちは、自分に似た子どもを優先的に世話しようとする。

進化適応環境では、子どもたちは男女に分かれて年齢の近いグループをつくり、年上の子どもが年下の子どもの面倒をみることで親の肩代わりをする。

思春期を迎えるまでは、この友達の世界が子どもにとってのすべてだ。

 

なぜ親のいうことをきかないのか

勉強だけでなく、遊びでもファッションでも、子ども集団のルールが家庭でのしつけと衝突した場合、子どもが親のいうことをきくことはない。

どんな親もこのことは苦い経験として知っているだろうが、子どもが親に反抗するのは、そうしなければ仲間外れにされてしまうからなのだ。

親よりも友達の世界のルールを優先することが子どもの本性だとすれば、子どもはなぜいうことをきかないのかという疑問は何の意味もない。

親が影響力を行使できる分野は、友達関係の中で興味の対象外になっているものだけである。

 

思春期を迎えるまでは、友達の世界が子どもにとってのすべて。
友達とのルールが家庭でのしつけと衝突した場合、子どもが親のいうことをきくことはない。

 

 

ちょっとした偶然で人生の経路は大きく分かれていく

一卵性双生児は同一の遺伝子を持っているのだから、別々の家庭で育ったとしても、同じような友達関係をつくり、同じようなキャラクターになる可能性が高い。

遺伝と友達関係が同じなら、その相互作用によって瓜二つのパーソナリティができあがる。

このことは、別々の家庭で育った一卵性双生児が、なぜ同じ家庭で育ったのと同様によく似ているのかという疑問に明快に答えることができる。

ただし、ときにわずかな初期値の違いが、結果に大きく影響することもある。

「ブラジルで蝶が羽ばたくと、テキサスで竜巻が起こる」というのがバタフライ効果だが、人格形成期の遺伝と環境の関係もそのひとつだ。

 

遺伝適性の差が友達関係の中で増幅される

子どもはみんな、友達グループの中で目立てるように、自分が得意なことをやろうとする

それはスポーツだったり、歌やダンスだったり、勉強だったりするかもしれないが、そうした才能は遺伝の影響を強く受けている。

スポーツが得意でも、友達グループの中で自分よりずっと野球がうまい子がいれば、別の競技が好きになるだろう。

対して歌がうなくなくても、友達にいつもほめられていれば、歌手を目指すようになるかもしれない。

最初はわずかな遺伝適性の差しかないとしても、友達関係の中でその違いは増幅されていく。

 

同じ遺伝子でも違う性格になるケース

乳児期に離れ離れになった一卵性双生児の姉妹を例に挙げる。

二人の遺伝子はまったく同じだが、成年になったとき一人はプロのピアニストになり、もう一人は音符すら読めなかった。

養母の一人は家でピアノ教室を開いている音楽教師で、もう一方の親は音楽とはまったく縁がなかった。

しかし意外なことに、ピアニストに育てたのは音楽のことなど何も知らない親で、音符すら読めないのはピアノ教師の娘だったのだ。

二人は一卵性双生児で、一人がプロのピアニストになったのだから、どちらもきわめて高い音楽的才能を持っていることは間違いない。

家庭環境や子育てが子どもの将来を決めるのであれば、ピアノ教師の娘がピアニストになったはずだ。

なぜこんな妙なことになるのか。

 

目立てるものに興味がわく

音楽とはまったく縁のない環境で育った子どもは、なにかのきっかけ(幼稚園にあったオルガンをたまたま弾いたとか)で自分に他人と違う才能があることに気付く。

彼女が子ども集団の中で自分を目立たせようと思えば、無意識のうちにその利点を最大限に生かそうとするだろう。

音楽によって彼女はみんなから注目され、その報酬によってますます音楽が好きになる。

対して音楽教師の娘は、周りにいるのは音楽関係者の子どもたちばかりだから、少しくらいピアノがうまくてもだれもおどろいてくれない。

メイクやファッションの方がずっと目立てるのなら、音楽に興味を持つ理由がない。

 

友達との関係の中で自分のキャラを決める

子どもは友達との関係の中で自分のキャラ(役割・性格)を決めていく。

どんな集団でも必ずリーダーや道化役がいるが、二人のリーダーや道化役が共存することはない。
キャラがかぶればどちらかが譲るしかない。

そのためまったく同じ遺伝子を持っていても、集団内でのキャラが違えば異なる性格が生まれ、異なる人生を歩むことになる。

子どもの人生の経路は、友達関係の中でのちょっとした偶然で大きく分かれていく。

小さな子供のいる親は、「子育ては子どもの人格形成にほとんど影響を与えない」ということを受け入れがたいかもしれない。

だが自分の子ども時代を振り返れば、親の説教より友達とも約束の方がずっと大事だったことを思い出すのではないだろうか。

 

遺伝適性の差はわずかでも、それは友達関係の中で増幅されていく。
子どもの人生の経路は、友達関係の中でのちょっとした偶然で大きく分かれていく。

 

 

結論:子どもの人格を決めるのは遺伝と友達

子どもの能力や性格は遺伝適性と友達関係によって決まる。
そこに親は介入できない。

これが本書の結論です。

「なるほどそうか、じゃあ親ができることは何もないんだな」とは思いませんが、ひとつひとつ論理的に根拠が示されていて、子育ての影響は皆無といえるのも納得できる内容でした。

興味を持っていただいた方は、ぜひ本書を手に取ってみてくださいね。

 

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